
昭和30年代の銀座四丁目交差点。
時代は日本復興の光が見え始めた昭和30年代後
半。高度経済成長期の活気にあふれ、日本の未来を期
待する誰もが憧れた町、銀座。
大売り出し目当ての買い物客、百貨店の屋上で涼み
に来た親子、帰宅途中の会社員に、歌謡ショーを堪能
した興奮気味の若者。数寄屋橋の交差点はいつも喧噪
に包まれていた。
今も街の顔である和光の時計塔、鳩居堂の屋上に
立つナショナルのネオンに見下ろされ、銀座四丁
目の交差点を都電がゆるやかに走ったあの頃。あ
らゆる楽しみを与えてくれる銀座の魅力に引き寄
せられた人々がつくる当時のにぎわいは「土産に
買ったケーキがつぶれてしまう」ほど活力に満ちていた。
振り返れば、復興の象徴そのものとして人々の
心をも明るく灯した銀座のネオンは、街のみなら
ず昭和という時代のランドマークであった。日本
を淡く、明るく照らしたあの頃の銀座を、もう一
度夢見よう。















