模型作りに人生をかけた男の哲学− 金子辰也(ジオラマアーティスト)

[2009-06-25]

趣味から仕事へ


現在は、モデラーとして成功を収めている金子氏だが、どのようにしてプロのモデラーとなったのか。


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「この仕事をして30数年になりますが、平行して本業はグラフィックデザイナー。模型作りは趣味の延長として活動していました」

「それまでのデザイナーとして過ごしたサラリーマン生活を35歳の時やめフリーに。当時の勤め先では年齢的に管理職となり、現場でモノを作る環境が減り、人のマネージメントが中心になってしまうのはつまらない。それで退職を決意しました。しかし、晴れてフリーになったものの、その時は妻も子もいる上に、マンションをローンで購入したばかり。今考えたら恐ろしいことだと思います(笑)」


趣味が高じて仕事になることは非常に幸せなことだ。だが、模型作りは生活として成り立つものなのだろうか。


「この仕事で食べていけるかと言われると、基本的には厳しいでしょう。模型メーカーや模型雑誌の作例を作るだけでは間違いなく生活できません。その派生として一般コマーシャルでの製作や、その他の展開につながればやっていけるかもしれないというくらい。学生時代とか独身で自宅住まいとかでなければ一般的には難しいと思います」


趣味がたやすく仕事にできるわけはないが、プラモデル業界も他業界同様に厳しいようだ。その中で、金子氏は独立後、サラリーマン時代に実績を築いた本業のグラフィックデザインや商品企画、商業施設開発などをベースに以前にも増して多岐に渡りジオラマ作品や模型製作など幅広く仕事を手がけていった。

9年前からは東京渋谷にある東急セミナーBEでカルチャースクールとしては日本初のプラモデル講座「金子辰也の模型クラブ」を開講し、現在は、年に4回の季刊ミリタリー模型専門誌『パンツァーグラフ!』(発行モデルアート社)の編集長を務める。企画、取材、記事編集、DTP、そして時には自ら模型も作るなど、雑誌ができるまでの工程を丸々一人で引き受けていると聞くと、雑誌自体が "作品" に思えてくる。



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