模型作りに人生をかけた男の哲学− 金子辰也(ジオラマアーティスト)
[2009-06-25]
モノ・コトを自分指標で取り組む人の価値観をのぞくインタビュー 昨年2008年、国産プラモデルが生誕50周年を迎えた。今回の "こだわりびと" 金子辰也氏は、プロのジオラマ・アーティストとして長きにわたりこの世界を牽引し、多くの人々を魅了してきた一人だ。そんな金子氏の人生とモノ作りへの情熱を紹介していこう。
日本を代表するプロモデラーの出発点日本を代表するプロモデラーの金子氏。彼がプラモデルを好きになったきっかけはなんだったのだろうか。 「国産初のプラモデルが発売されたのは1958年。僕は 1953年生まれなので、小学校に入る頃にはすでにプラモデルが普及し始めていました。当時の男子はもう夢中になって遊んでいましたから、学校でもプラモデルは当然話題の中心でした。今の子どもにテレビゲームがあるのと同じ感覚です。なので、プラモデルを作りたいという思いより先に、すでに遊びの1つとして生活の中にありました」 「当時、作ったプラモデルとして記憶している一番古いキットは三共のピーナッツシリーズ(※1)という製品で、マッチ箱ぐらいの小さい箱で、中身は戦闘機や民間機などの飛行機ものでした。10ほどのパーツしかなく本当に簡単に組み立てられるものでした。価格は30円くらいで、おこづかいを貯めて買っていましたね。それからさまざまなプラモデルが発売されていくんですが、プラモデルを好きになったきっかけとしては、育った環境が好きにさせたとしかいいようがないですね」 (※1)ピーナツシリーズとは、三共模型製作所というメーカーが出した150分の1の航空機模型で、50以上のシリーズがある。 |
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