あの色が僕らの憧れだった 電車のカラー・国鉄JR編
[2010-07-05]
鉄道コラム「鉄学の道」/毎週月曜更新 乗りつぶし率99%の鉄道会社員が 書き下ろす鉄分たっぷりコラム。 自社の貴重でレアな話題も 時折飛び出します? 山手線は黄緑、京浜東北は青、総武線は黄色、中央線は朱色、常磐線は青緑。昭和の後半、小学生でも覚えていた首都圏を代表する各路線の通勤電車(101系・103系)に塗られたラインカラーです。より正確な言い方では、それぞれウグイス色、スカイブルー、カナリアイエロー、オレンジバーミリオン、エメラルドグリーンとなり、旧国鉄の色名称では、黄緑6号、青22号、黄5号、朱色1号、青緑1号となります。 国鉄時代、オレンジと緑の湘南電車が登場し、続いて横須賀線電車が青とクリームのいわゆる「スカ色」になってからも、在来型の客車や電車は「ぶどう色」と呼ばれる焦げ茶色のままでした。昭和30年代から40年代にかけ、これらの旧型車両を首都圏から駆逐するため続々と新性能通勤電車が各線に投入されていきますが、全て同じ形の車両なので乗り間違いを防ぐ意味もあり、ラインカラーを決めて塗装されました。 旧型と一線を画した明るい色の電車は、まさしく近代化の象徴であり、高度成長期の東京を代表する色彩風景になりました。地方輸送においても蒸気機関車牽引の「ぶどう色」客車列車が気動車に代わっていきますが、この一般型気動車には最初ベージュと青、その後肌色と朱色の2色塗り分けが施され、この明るい色が地方の近代化を運んでいったのです。 国鉄は、車体の色について明確な基準を定めており、使用できる色も決まっていて先に挙げた青20号とか朱色1号というような独自の名称を付けていました。このため全国どこへ行っても同じ色の車両となって面白みがなくなり、かえって独自の色に塗られた各地の私鉄電車の方が新鮮に写り、旅情を醸し出していました。昭和51年には合理化のため一般型気動車にオレンジ(朱色5号)一色ベタ塗り塗装が現れます。間もなく全国の気動車がこれに統一されましたが、あまりの味気なさに「錆止め塗装」と揶揄されて何やら赤字国鉄の負の象徴のように見られていました。 状況が変わったのは昭和54年に京阪神の新快速専用として登場した117系あたりからで、関西独自のクリーム地にマルーンの帯という色が採用されました。続いて身延線にはワインカラーに白帯の115系が新製投入されますが、この白帯には塗装でなくシールが採用されました(現在ではステンレス無塗装車のカラー帯に普通にシールが使用されていますが、この当時のものは珍しかったうえわりと剥がれやすく、通学の高校生が面白がって剥がし、見るも無残な姿になってしまいました。現在のシールは勿論少々のことでは剥がれません)。これ以後、地方独自の色が採用され始めます。 JRになってからは各社の標準色に加えて地方ごと或いは路線ごと・列車ごとの独自色が採用され、まさに百花繚乱の趣です。かつては一つの車両に使う色は1色か2色だったのが、今では5色以上使うものも出ています。ここまでカラフルになると、逆に旧国鉄標準色が懐かしくなるようで、各地で旧国鉄色に塗りなおしたリバイバル塗装車が、あれほど悪評だったオレンジ一色の気動車も含めて「撮り鉄」の人気を集めています。全く鉄ちゃんとは勝手で贅沢なものですね。 鉄道コラム「鉄学の道」過去の記事 ・電車の人気も色次第? 電車のカラー・私鉄編 ・続・電車の寿命 大事に使えば頑張れます ・電車の寿命 80歳過ぎても働けます ・日本の夏の必需品 冷房車 ・電車のデッドヒート? 複々線の醍醐味 … |
山本浩(やまもとひろし)。南海電気鉄道勤務。学生の頃から鉄道好きの鉄道会社員の目線で鉄道業界のあれこれを書き下ろす。自社の貴重でレアな話題も時折飛び出します?
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