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鉄道と軍隊、密接な関係

[2010-02-15]

鉄道コラム「鉄学の道」/毎週月曜更新

乗りつぶし率99%の鉄道会社員が 
書き下ろす鉄分たっぷりコラム。

自社の貴重でレアな話題も 
時折飛び出します? 



 いささか物々しいタイトルですが、長らく陸上大量輸送機関の主役であった鉄道にとって、歴史上、軍との関わりは避けて通れないものでした。

 初めて鉄道を本格的に軍事利用したのは、普墺戦争(1866年)と普仏戦争(1870~71年)におけるプロシアだとされています。戦争での勝利には、迅速に大量の兵力を動員・集結することがまず肝要ですが、このために鉄道に目を付けたビスマルクとモルトケ参謀長はまさに慧眼で、戦場予定地の国境方面へあらかじめ路線を敷いておき、開戦時に戦場付近の集結地まで動員した兵力を一気に輸送したのです。結果はプロシアの圧勝で、欧州の勢力図を塗り替え、ドイツ帝国が誕生することになりました。


徒歩行軍から、鉄道輸送へ


 それまでの軍事輸送といえば馬匹と人力のみ、徒歩行軍が当然でした。第一次大戦で自動車が戦場に登場しましたが、第二次大戦になっても輸送がほぼ自動車化されたのはアメリカ軍ぐらいで、あのドイツ軍でさえ機甲師団はともかく一般の歩兵師団は馬と人が主要輸送手段だったのです。そんな中で、ほぼ唯一の陸上大量輸送手段であった鉄道の存在意義は大きく、鉄道網の発展には常に軍事利用の影がありました。それゆえ、戦時には必ず重要攻撃目標となる運命にあり、日本の鉄道も第二次大戦で国私鉄を問わず空爆を受けて甚大な被害を出したのは周知の通りです。

津田沼に保存されている旧鉄道連隊の機関車
津田沼に保存されている旧鉄道連隊の機関車(クリックで拡大)

 日本での鉄道の軍事利用は、西南戦争(1877年)での横浜港への軍隊輸送からですが、これで鉄道の有用性を認識した陸軍は、これ以後鉄道の発展を強く後押しするようになります。日露戦争では、戦場となった満州にロシアが敷いていた鉄道を改修して利用しましたが、このように戦場で鉄道を修理・敷設して輸送を確保するために専門部隊が創設され、これが1907年に鉄道連隊となりました。

新京成線にカーブが多い理由


 1918年には2個連隊に増強され、千葉の下総台地に演習用の線路を敷いて建設や運転、破壊復旧の訓練を行っていました。演習線は様々な状況に応じた訓練のため不自然に曲がりくねっていました。演習線の跡地は戦後払い下げられ、その一部を利用して新京成電鉄ができましたが、新京成の路線がやたら曲がりくねっているのはそのためです。

鉄道連隊演習線の跡地を利用したカーブの多い新京成線
鉄道連隊演習線の跡地を利用したカーブの多い新京成線(クリックで拡大)

鉄学の道

山本浩(やまもとひろし)。南海電気鉄道勤務。学生の頃から鉄道好きの鉄道会社員の目線で鉄道業界のあれこれを書き下ろす。自社の貴重でレアな話題も時折飛び出します?

→  http://www.nankai.co.jp/

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