温泉取材もろもろと熊野古道のビックリ出来事
[2010-01-13]
そして旅の最後は三重県・熊野古道へ。石畳続く幽玄な古道を歩いていると、ここが祈りの道だということを実感させられます。詳しい内容については本誌でぜひご覧いただきたいと思います。 ここではちょっと驚いた熊野古道の裏話を。伊勢参りを終え、那智などに向かうために参拝者はこの古道を行くわけですが、写真のように途中は険しい峠、奥深い山、それをいくつも超えていくわけです。そんなふうに苦労して苦労してやっとの思いで那智大社などを詣でるわけですが、あまりの過酷な道中に、目的地より遥か手前で行き倒れてしまう人もたくさんいたそうです。それほどすごい道だったということでしょう(もちろん当時はトレッキングシューズなんてないですしね)。 そんなふうに亡くなった人々のために「行き倒れ巡礼者の碑」があちらこちらに建っているわけですが、ここで不思議な出来事と感動したお話をひとつ。 たまたま取材したこの「行き倒れ巡礼者の碑」が、なんと僕と同じ「武州(埼玉)」生まれの方のものだったのです。確率的にいけば47分の1ですから、たまたまだと言えばそうなんでしょうけれど、どうしてもこの取材中に「曽根次郎坂・太郎坂」にある「行き倒れの供養碑」までは行かなくてはならない気がしたのです。取材は十分終わっていましたし、インタビューもできて、いい写真もたくさん撮れていたので、いつもの自分の取材の仕方なら「ここはパス。帰りましょう」となるハズなのですが、何だか今回ばかりはそこには呼ばれたような気がして、自然と足が向いていたのが不思議でなりません。 苔むした石の階段を登っていくと、道の端に佇む小さな碑が建っていました。そこには文政○年(←読み取れず)と書かれています。歴史に疎い自分には、文政がいったい今から何年前のことか全くわからないのですが、偶然か必然か、ここにやって来た。この碑が同郷人の碑だという事実。この碑を眺めていると、ものすごく胸が熱くなりました。武州の国(出身地は現さいたま市あたりと書かれていました)から伊勢神宮を経由してここまで歩いて来られ、目的を達成できぬまま行き倒れ亡くなっていく……さぞかし無念だったことでしょう。 ただ、その碑の隣にあった解説看板には、 「道中、病気になった巡礼者を地元住民は看病し、そして不幸にも亡くなってしまった巡礼者を手厚く供養し、初七日まであげた」と書かれていました。 この一文を読み、文政の世、この場所で亡くなった同郷人、そして見ず知らずの人を看病し、亡くなった後の供養までしていたという心優しき地元の人々の温かい気持ちに対し、そっと手を合わせたのでした。 さ~て、今年も残すところ11カ月と半月。頑張って行きましょう! 引き続き「男の隠れ家」、宜しくお願い致しますね。 そして2010年が皆さんにとって素敵な年になりますよ~に。 「男の隠れ家編集部です」過去の記事 ・リサイクルショップで宝探し♪ ・宿についての裏話 ・「天才ピアニスト」アリス=紗良・オット 取材&撮影記 ・知られざる、身近にあるこの時期おすすめクラシック鑑賞法 ・長期熟成酒の魅力 … |
「男の隠れ家」本誌では語ることの出来ない取材裏話や追加情報、はたまた個人的な四方山話まで、何の役にも立たないコラムを連載します。どんな奴が「男の隠れ家」を作っているのか、興味のある方はどうぞ寄ってらっしゃい。
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