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質感や躍動感に感じるロマン 走れ! 保存SL

[2009-11-23]

鉄道コラム「鉄学の道」/毎週月曜更新

乗りつぶし率99%の鉄道会社員が 
書き下ろす鉄分たっぷりコラム。

自社の貴重でレアな話題も 
時折飛び出します? 



鈴なりのファンに送られて京葉線千葉みなと駅を出発するC57 180。
鈴なりのファンに送られて京葉線千葉みなと駅を出発するC57 180。(クリックで拡大)

 明治18年12月27日、南海電気鉄道の前身、阪堺鉄道の列車が走り始めました。小型の蒸気機関車がマッチ箱のような客車数両を牽引する、電気鉄道が出現する以前の当時としては標準的な列車です。明治28年に京都で最初の電車が走り始め、38年には阪神電気鉄道が開業しましたが、明治の御世には鉄道は蒸気機関車が当然で、電車はむしろ例外的存在でした。

 それから百年余り、「電車」がそのまま鉄道を表す日本語になってしまった現在、蒸気機関車の走る姿は限られた動態保存SLの運転でしか目にすることはできなくなりました。南海では比較的早く、大正12年に蒸気機関車の営業運転を全廃しています。同様に蒸気運転でスタートした私鉄の東武では、昭和41年まで貨物列車を牽く蒸気機関車が見られました。


SLの質感や躍動感に感じるロマン


 国鉄の蒸気機関車が消えたのは昭和51年で、その数年前からSLブームが湧き起こり、数十万のにわか鉄ちゃんが有名撮影地に押し寄せてカメラの砲列を敷いていました。その頃をルーツとする中高年の鉄ちゃんも今、大勢おられると思います。言葉にするのは難しいですが、あのSLの質感や躍動感は、何かロマンを感じさせずにおかないものだったのです。

 国鉄からSLが消えたその年、大井川鐵道でSLの保存運転が始まりました。国鉄から譲り受けたC11を使って運転を始めると、まだSLブームの余韻覚めやらぬ頃、たちまちSLファンが駆けつけ、これといった観光資源もない地味なローカル私鉄だった大井川鐵道を、一躍全国区に押し上げました。国鉄でも、SLへの深い愛着だけでなく、営業的にも「ファンが集まる=カネになる」という計算が働いたのでしょう、廃止3年後の昭和54年、今も続く「SLやまぐち号」として復活しました。

大井川鐵道のC11 190。バック運転もしやすくローカル線向き。
大井川鐵道のC11 190。バック運転もしやすくローカル線向き。(クリックで拡大)

鉄学の道

山本浩(やまもとひろし)。南海電気鉄道勤務。学生の頃から鉄道好きの鉄道会社員の目線で鉄道業界のあれこれを書き下ろす。自社の貴重でレアな話題も時折飛び出します?

→  http://www.nankai.co.jp/

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