「ビートルズでメシが食いたい」から始まった−ファンの心を保ち続ける音楽誌編集者のプロ魂 - 藤本国彦(ビートルズ愛好家)
[2009-11-18]
B面の『アイル・ゲット・ユー』から始まった今やビートルズが仕事の一部になっている藤本氏だが、自身のビートルズ体験はどのように始まり、どうのめりこんでいったのだろうか。 「1974年の春、中学1年の時でした。ビートルズはすでに解散した後で、メンバーはそれぞれソロで活動していましたが、人気はエアポケットというか。そんな時期でしたが、ビートルズ世代の一番年上の兄が持っていた『シー・ラヴズ・ユー』のシングル盤を聴いて “凄いな” と思ったのが最初の出会いですね」 「写真を見ても、どれがジョン・レノンでどれがポール・マッカートニーかわからない。その程度の知識でしたが、圧倒的に有名な『シー・ラヴズ・ユー』よりも、なぜかB面の『アイル・ゲット・ユー』に耳を奪われたんです。ハーモニカの音と、ジョンとポールがふたりで歌っている、そのビートが心地よかったんですよね」 「今回のリマスター盤のように、今のビートルズのCDは基本的に “イギリス盤仕様のアルバムを軸とした13枚” というふうにフォーマットが決まっていますが、当時は各国でその国のオリジナル編集盤を作っていて、日本編集盤も入れると30種類ぐらいあった。その中からどうやってレコードを買えば213曲を効率よくそろえられるか? 香月利一さん(ビートルズ研究家)が雑誌で書いていたものを参考にしました。一番上の姉にレコード屋に連れて行ってもらい、初めて買ったのが日本編集盤の『ビートルズ!』。その後は2か月に一枚ぐらいの割合で買いそろえていき、確か高校一年の時に全部そろったんじゃないかと思います」 1980年12月8日、ジョン・レノンはNYの自宅前で狂信的なファンに射殺される。この事件は、ビートルズに入れ込んでいた藤本氏にも衝撃を与える。 「高校を卒業したら『1年浪人して早稲田大学に行く』と考えていたんです(笑)。自分の人生だから急いでもしょうがないという意識もあって。順調に浪人して12月にそろそろ真面目に勉強しないといけないと思い立ち、図書館に通い始めたその日の夜のニュースでジョン・レノン射殺を知らされた。もうショックを受けて、自然に涙が出てきちゃったんですよ。そんなこと今まで一度もなかったのに。よりによって、こっちが真面目に勉強しようとしだしたその日だった。さすがに腑抜けになって、気づいたら受験までひと月しかない。いくつか大学を受けましたが、早稲田はもちろん受かりませんでした(笑)」 |
特集

