人間のど真ん中にあるもの 業を見つめる表現師 − 佐伯俊男(絵師)

[2009-09-17]

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果たされた約束 独立から1年で衝撃デビュー


佐伯 原画だと、生々しすぎるのかもしれない。そう考えて、友だちにも協力して貰って、印刷してカード状の画集をつくり、封筒につめて出版社や東京在住の文化人に送りました。

すると、寺山修司さんや澁澤龍彦さんらが激励の手紙をくれたんです。その中に平凡パンチからの連絡もあり、グラビアページで特集をしてくれることになりました。

当時の平凡パンチは若者の支持がすごかったでしょう? 流行の発信地みたいな本だったから、掲載されたその週から ”プロ” ですよ。電話がじゃんじゃん鳴り止まない。テレビ局や女性週刊誌や、いろんな依頼が舞い込んできました。もう、すぐにその月から絵で食べられるようになったんです。

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(クリックで拡大)

武者 上京してからどれくらいの頃ですか?

佐伯 ちょうど1年でした。大阪を離れるとき、勤めていた会社に「無茶するな」と引き止められたんですが、僕はタンカをきってね。「見ていてください。1年後には平凡パンチに出ていますよ」と。

僕の絵が平凡パンチに掲載されたのは1970年、25歳の時。本当に、ちょうど1年後に思いが実現したんです。それから日本で最初の画集を出版し、澁澤龍彦さん、寺山修司さん、野坂昭如さんが解説を書いてくれた。嬉しかったですよ。

武者 外部の情報を全部追い出し、とことん自分と対峙したわけですね。

佐伯 ええ。東京に出てきてまずしたことは、自分を追いつめること。極限状態に自分を置いたんです。お金にも限りがあったから四畳半にはテレビもラジオも新聞もない。とにかく部屋に閉じこもり、がむしゃらに描きまくった。世の中で何が起こっているかもわからない状態で、駅前まで行ってストで電車が動かないと知った日もありました。

そういう真空状態みたいな中に自分を放り込んで、余計なものをはぎ取って。広告時代に覚えた、おしゃれな、あるいは達者な自分の絵を捨てるのに苦労しました。どうしても手慣れた今までの経験がでてきてしまう。潜在意識までは言い過ぎかもしれませんが、何とかそれに近いものを引っ張り出したと思っています。

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