人間のど真ん中にあるもの 業を見つめる表現師 − 佐伯俊男(絵師)

[2009-09-17]

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何にも影響されない、確立された独自性


武者 先生の絵は、特にヨーロッパなど文化レベルの高い国での評価が高いですね。

佐伯 僕が初めて個展を開いたのは1970年のパリでした。後年フランスでは作品集も出ました。伝統のある国ほど、こういう表現への許容があるように思えるのですが…。

武者 わかります。「痴虫」のラベルを見たお客のうち、6割方は芸術として興味を示すんですが、4割はまったくだめという反応を示す。今の画風はいつ頃確立したんですか?

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佐伯 24歳です。それまでは大阪で広告関係のデザインオフィスに就職して、イラストを描く毎日。でもやはり、クライアントがいるので自分の描きたい絵が描けなかった。それで、出版社の仕事を目指して上京するんです。60万円もなかったかな、3~4ヶ月食いつなげるお金だけをもって東京へ出て、なくなったら大阪へ帰ろう。でもそれまでにものにしなければ、と賭けにでたんです。

家賃四千五百円の四畳半のアパートを借りて、遮二無二描いて、出版社に売り込みをかけました。その頃はまだ、広告の仕事で身に付いたおしゃれな、モダンな絵は描けても、自分のスタイルが確立できていなくて。過去をかなぐり捨てていろんな絵を描きました。

3~4ヶ月描き続けて、疲れてきて、開き直って。もう少し、自分のものが描けないかと考えて。ふと子どもの頃や、学生時代にさかのぼって思いをめぐらせると、思春期の妄想のような、セーラー服の女の子が思い浮かび、股ぐらに蛇を描いてみたら、面白いな、と思えたんです。お寺やお墓、昔和尚さんからきいた輪廻転生の話なんかも思い出してきたら、だんだん筆がスムーズに進みだした。あれ、自分が一番いいものをだせるのはこのへんなのか、という感触があった。

そして、あっという間に最初の画集になった絵がどっとでてきた。友だちに見せると、こんなのまだ世にでていない、いけいけ! と応援してくれる。それで出版社に持ち込んだんです。

ところが、みんな驚いて興味は持ってはくれるんですが、なかなか取り上げるまではいかなくて。刺激的だったもんですから。平凡パンチや、創刊間もない週刊ポストなどに掛け合いましたが、なかなかいい返事はもらえず、現実の厳しさを知らされました。

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